大阪地方裁判所 昭和33年(ヨ)3110号 判決 1960年3月24日
申請人 近間辰郎
被申請人 ヤマト交通株式会社
主文
申請人の本件仮処分申請は、これを却下する。
申請費用は、申請人の負担とする。
事実
第一、申請人の主張
申請代理人は「被申請会社は、申請人を被申請会社の従業員として取り扱い、かつ、申請人に対し、昭和三三年一〇月一日以降毎月二八日限り一か月金三七、八七八円の割合による金員を支払わなければならない」との判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。
一、申請人は、被申請会社(以下「会社」ともいう)の従業員であつて、タクシーの運転業務に従事し、毎月二八日限り一か月平均三七、八七八円(昭和三三年九月一日当時)の賃金の支払いを受けているもので、会社従業員をもつて組織する総評旅客労連ヤマト交通労働組合(以下「組合」または「第一組合」ともいう)の書記長、被申請会社は、肩書地に本店を有し、従業員約一〇〇名をもつて、タクシー営業を行なつている株式会社である。
二、会社は、昭和三三年九月一日、申請人に対し口頭にて解雇予告の意思表示をなし、その理由は「申請人が、昭和三三年八月二六日勤務中に、運転料金の一部を横領した疑いがあるので、調査したところ、その際の申請人の言動態度が捨鉢的であり、今後不正行為のあつた場合を考慮すると、職場規律の維持にも影響する恐れがあるので、就業規則三五条三号を適用して予告解雇する」というにある。なお、会社制定の就業規則三五条によれば、「従業員が左の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告するか、または三〇日分の平均賃金を支払い解雇する。一、精神もしくは身体に故障があるか、または虚弱老衰或いは疾病のため業務上の都合によるとき、二、やむを得ない業務上の都合によるとき、三、その他前二号に準ずるやむを得ない事由あるとき」と定められている。
三、しかしながら、本件解雇は、次の諸理由によつて無効であるから、申請人は、依然として会社の従業員たる地位をうしなわないものである。
(一) 就業規則所定の解雇理由に該当する事実が存在しない。
会社の主張する本件解雇理由の要旨は「申請人の(1)横領ならびに定額運賃違反の事実、(2)これについての調査の際の申請人の捨鉢的な言動態度が、いずれも職場規律維持の上に重大な支障をきたすこととなるので、業務上やむを得ない事由に準ずるものとして解雇せざるを得ない」というのであるが、本件解雇当時会社があきらかにした解雇理由によれば、申請人の言動態度を問題にしたのみであつて、不正行為の疑いがあるとの点は、明示的な解雇の理由とはされていなかつたのであるから、不正行為の有無の点は、本件解雇理由の存否の判断から除外されなければならない。しかるところ、申請人が、会社側の不正事件調査活動に対し捨鉢的な言動態度をもつてのぞんだという会社の主張は、虚偽もはなはだしく、申請人は、会社が何らの根拠もなく、みだりに申請人に不正行為ありとの嫌疑をかけ、かつ、悪意に満ちた調査を行なつたので、これに対し、会社と対等な立場に立つて正当な抗議を行ない、公正な判断を要求したまでのことであり、これをもつて、捨鉢的と評価し、或いは職場の規律をみだす行動と見ることはおよそ失当である。さらに、申請人が、運賃料金の横領ならびに定額運賃違反の契約をなしたとの会社の主張は、デツチ上げ以外の何ものでもなく、このことは、就業規則六三条六号に「業務に関し料金その他不当の金品を受け取り、または与えたるとき」が懲戒解雇事由として規定されているにかかわらず、これを適用することなく、予告解雇の方法によつて申請人の企業外排除をはかつた会社側の態度に徴しても明かといわねばならない。
(二) 本件解雇は、申請人が正当な組合活動をなしたことを理由とするものであり、且つ、組合の運営に支配介入せんがためになされたものであつて、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為であるから、無効である。
1、会社は、組合結成の動きが見受けられるや、直ちにその抑圧を意図し、組合結成後は第二組合の結成、育成に狂奔し、あらゆる機会を狙つて組合懐柔工作を弄してきたもので、以下、過去の組合発展の経過とこれに対する会社の態度を明かにする。
(1) 昭和二六年頃、被申請会社の前身たる小型交通株式会社の従業員の間で、組合結成の動きが見られたが、使用者側はこれを徹底的に弾圧し、職制をもつて組織する「親交会」なる御用団体を結成させた。
(2) 昭和二七年五月頃、右親交会が使用者と歩合値上げの交渉をもつた際、同会会計木下良夫が一方的に使用者案を従業員におしつけようとしたので、これに不満を抱いた従業員は、御用団体の限界を知り、同年六月小型交通労働組合を結成、現総評旅客労連の前身たる大旅交通労組に加入、三歩値上を要求して二日間のストライキで闘つた結果、使用者をして組合の要求を承認させるに至つたが、使用者は、その機会に、組合懐柔のため、組合三役中二名を職制で占めることに成功した。
(3) 昭和二八年一二月の越年資金要求斗争に際し、使用者は多数の組合員に退社勧告の書簡を送り、また一部組合員に酒食や班長のイスを餌にして、組合分裂のためのスパイ活動に協力を求めた。
(4) 昭和二九年夏頃(同年七月二八日被申請会社設立)、会社幹部のあつせんで入社した竹橋等が第二組合の結成を呼びかけたが、その際、会社は竹橋等の動きをバツク・アツプした。
(5) 昭和三〇年には、組合は、従来の会社の不当解雇や差別待遇に絶対反対の決議を行ない斗争を強化したが、会社は、これに対し、交通違反の罰金納付のためと称し、従業員から毎月一、〇〇〇円を強制的に徴収するという共済会制度をうち出し、尻叩き政策に出て、組合活動の封殺を企てた。
(6) 昭和三一年には、組合は前年来の尻叩き政策に反対して闘つたが、会社は当時の組合の水田宏造委員長を不良車に配車替えし、社長みずから、一般従業員に対し、組合を否認する趣旨の威圧的放言をくりかえす状態であつた。
(7) 昭和三二年にはいり、組合は職制組合員を追放するとともに、夏期手当要求斗争で前年度を上回る約七〇万円を獲得し、更に「協約をまもれ」のスローガンを掲げて団交をもつ等、着々と組合活動を強化していつたが、これにろうばいした会社は、第二組合の早期結成にますます露骨なテコ入れを行ない、ついに同年一〇月二一日親族一党を結集してヤマト交通株式会社従業員組合(以下単に「第二組合」ともいう)の結成に成功、上部団体として総同盟に加入した。第二組合は、会社の援助のもと、強引に第一組合の切崩しをはかり、その結果、第一組合の勢力は同年一一月末には約四〇名に半減、同年末には僅か二一名に激減するに至つた。そして、会社は、第二組合結成後は、第一組合に対し、掲示用のはり紙も認めないという差別待遇をもつて圧力を加え、同年一二月には、申請人ほか二名に対し、休憩時間中水田委員長宅で緊急執行委員会を開いたことを理由に、乗車拒否を通告した。その後、乗車拒否問題については、組合側が地労委に不当労働行為救済命令の申立をなした結果、会社が右通告の非を認めてこれを取り消し、和解が成立した。
(8) 昭和三三年には、会社は第一組合に対し、組合事務所の明渡を要求する等の圧力を加え、その結果、例年一月に開かれる第一組合の大会が三月に延期されるのやむなきに至つた。第一組合は、同大会で、委員長に水田宏造、副委員長に中村、書記長に申請人を各選任、会社の分裂工作に対抗するため機関紙の発行を決定する等斗争態勢を強化したが、会社は、これに対し、第一組合員にのみ時間厳守を要求したり、出庫時に車体整備のやり直しを命ずる等のいやがらせに出たほか、時間外手当の遡及支払問題等につき、常に第二組合とのみ話合いを行い、そこで決定したわくを第一組合にもおしつける等の差別取扱いをくりかえした。更に、会社役員は、第一組合員に対し、「お前は水田のために生きているのか。第一組合員は、トヨペツトクラウンからおろし、ダツトサンに乗せる」等と放言、現に、第一組合の中村副委員長、油上執行委員、古川会計及び申請人は、いずれもダツトサンに配車替され、水田委員長は、数年来ダツトサンやルノーにばかり乗務させられている状況である。かような会社側のしつような切崩し工作のため、第一組合員は、現在わずか八名に減少するに至つている。
2 会社が、第一組合を嫌悪し、その弱体化をはかるため種々策を弄してきたことは右に述べたとおりで、このことからいつても、第一組合の書記長たる申請人を特に嫌悪していたことは容易に推察し得るところであるが、申請人は、次に述べるように活発な組合活動を行なつてきたので、会社がこの事実を認識して、特に申請人を嫌悪し、その企業外排除の機会を狙つていたことは明かである。
すなわち、申請人は第二組合結成直前に、組合の執行委員に選任され、第二組合結成阻止の活動に重要な役割を演じ、更に、第二組合結成後は第一組合と会社との団交に出席して積極的に発言し、また昭和三二年暮から昭和三三年初めにかけての前記のような不当労働行為事件につき、地労委に自ら証人となつて出頭証言するなど、会社にとつては極めて不都合な存在であつた。会社は、申請人のこのような動きに対し、前記のとおり、不当にも乗車拒否を通告してその弾圧を試みてきたのであるが、その際、申請人と同時に同様の理由で乗車拒否の通告を受けた花尻については、単独で会社に謝罪したので、乗車拒否を通告された四日間は、公休二日、病欠二日として取り扱うよう変更され、乗車を許可されたのにかかわらず、申請人のみは休憩時間中の行動の自由を訴え、堂々と地労委で争つた結果、会社も右通告の不当を認めてこれを取り消し、乗車拒否期間中の損害金を申請人および組合に支払うに至つたものである。申請人が、このように意思強固で、活発な組合活動家であることは、会社の熟知するところであつたから、会社としては、通常の方法をもつては、これを懐柔しえないことを知り、機会を見て解雇を断行し、第一組合に決定的な打撃を与えようと意図していたことはむしろ当然であつて、本件解雇が、会社のかかる不当労働行為意思のあらわれであることは否むべくもない。
(三) 本件解雇は、適法な解雇手続を経由しないでなされたものであるから、無効である。
1、会社は、申請人の行為は懲戒解雇に値いするが、申請人の利益を慮つて予告解雇したものであると主張する。しかしながら、これは懲戒解雇事由に該当する事実の存在が明白で、情状酌量すべき場合に該当せず、かつ、懲戒解雇に必要な手続をすべて経由した後にはじめて許されるところである。
ところで、申請人に懲戒解雇事由に該当する行為のないことは前記のとおりであるが、更に、懲戒解雇をなすについては就業規則六四条により適法に構成された懲戒委員会において客観的に妥当視される程度の審議を経由することが必要であるにもかかわらず、本件解雇については、その手続がふまれていないから、この点においても無効たるをまぬがれない。
2、第一組合と会社との間の労働協約二九条二項によれば、会社は就業規則三五条三号による解雇をするには組合と協議成立後にこれを行なうべき旨定められている。しかして、右協約は、すでに所定の期間を満了しているが、第一組合が期間満了前から会社との間で協約再締結の交渉を続けてきたのに対し、会社の不誠意によつて未だその再締結を見ないものであるから、失効の責任はむしろ会社にあり、また、会社と第二組合との労働協約二九条によれば、就業規則三五条三〇号による解雇の際には第二組合と会社で構成する労使協議会で協議決定すべき旨定められている。これらの事情に徴すると、第一組合との間で何らの話合いなく行なわれた本件解雇は、手続上無効といわざるを得ない。
(四) 本件解雇は、権利の濫用であるから、無効である。
前記(一)及至(四)記載の諸事情を綜合すると、本件解雇は、会社が解雇権を濫用したものであつて、この点においても無効である。四、以上の次第であるから、申請人は依然被申請会社の従業員たる地位を有し、近くその地位の確認並びに賃金請求の訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人は、会社から支払われる賃金を唯一の生活の資としているもので、本件解雇により生活の危機にさらされているので、本案判決の確定をまつては回復しがたい損害をこうむるおそれがあるため、これを緊急に排除すべく本件申請に及んだものである。
第二、被申請会社の主張
被申請会社代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、申請人の主張一記載の事実のうち、申請人の平均賃金の額を除き、その余の事実は、すべてこれを認める。申請人の昭和三三年九月一日当時の一か月の平均賃金は、二五、七四四円である。
二、会社が申請人主張の日、申請人に対し口頭にて解雇予告の意思表示をなしたこと、就業規則三五条の内容が申請人主張の如きものであることは、いずれもこれを認める。
三、本件解雇が無効である旨の申請人の主張は、これを争う。
(一) 本件解雇は、次に述べる如く、申請人に就業規則所定の解雇理由に該当する事実があつたためになされたものである。
会社は、昭和三三年八月二七日京都市在住の荒木信次郎から、会社所有自動車に乗車して京阪間を往復した際、車中に手帳を遺失したのでこれを調査されたい旨の照会を受けたので、調査したところ、申請人に次のような不正行為のあることが発覚した。
すなわち、申請人は、同月二六日、会社所有の営業用自動車大五う〇六七四号に乗車勤務中、午後一〇時二〇分頃、大阪市内千日前給油所附近から乗客である前記荒木信次郎を京都市内伏見附近まで運送し、メーター表示の料金一、九五〇円のところ二、〇〇〇円を収受し、さらに、その帰路、同人との間で、大阪までの運賃料金を一、三〇〇円とする定額運賃違反の契約をなし、途中、枚方附近まで所定のメーターを操作せず空車の如く装うて運転、枚方附近からメーターを実車に操作ししばらく走行の上再び空車とし(この間のメーター表示料金一三〇円)、守口附近から再度メーターを実車に操作、京橋ガソリンスタンド附近まで運送した(この間のメーター表示料金二九〇円)ものであるが、申請人は、同日携行した営業日報に右往復の実収入三、三〇〇円を記載せず、単に右各メーター表示料金の合計たる二、三七〇円のみを、三回にわけて別の乗客からそれぞれ収受した如く記載し、右記載金額のみを納金して差額九三〇円を着服横領したものである。
会社では、前記荒木からの照会について、右二六日に、会社の営業車中京阪間を往復したのは、申請人の乗務車のみであることから、申請人につき調査したところ、申請人は京都行乗客は男女二名であり、帰路は一部空車であつた旨を申出たが、右荒木から再度の調査方を懇請されたので、原田営業課長等が具体的に関係人の調査を行なつた結果、前記不正事実が判明するに至つた。しかるに、申請人は、会社側の調査に対し一切を否認し、非協力的であいまいな返事をするのみで、坂東副社長、原田営業課長等の調査を受けた際「自分は潔白なのに調べるとは何事だ」「勝手にしろ」等と、何ら具体的な反証を挙げることなく、徒らに捨鉢的な言動をくりかえし、会社から右荒木との面接対決を求めたのに対しても、一応これに応ずる旨を述べたものの、指定の面接時刻に出社せず、さらに荒木の都合により会社外で面接する手筈を整えた際にも、正当の理由なくこれを拒否する状態であつた。
前記のような申請人の不正事実(定額運賃違反並びに運賃料金の横領)及び申請人の虚偽報告並びに調査拒否の言動は、会社の営業の性質上、職場規律の維持に重大な悪風を及ぼすものである。すなわち、定額運賃違反については、昭和三〇年一〇月大阪陸運局長から、その厳重取締方につき通達が発せられ、右違反が確認された場合には事実上各営業者は営業停止の行政処分を受ける状態であり、したがつて、会社もまた右通達等を従業員に周知徹底させ、乗務員服務規程を定めて定額運賃の厳守を要請してきたもので、右違反を就業規則中の懲戒解雇事由に掲げるとともに、雇傭契約締結に際し、金銭の授受につき厳正であるべきことの誓約を受け、機会あるごとに警告を重ねてきたものである。そこで、会社は、従来かかる不正行為については厳正な態度で調査し、自認者についてはその処分を委される慣例であり、かつ、違反運転手は自ら退社している実情である。よつて、申請人の前記不正事実並びにこれに関する言動は、当然懲戒解雇事由に該当するものであるが、会社においては、従来かかる処分をまつまでもなく、自発的退社の場合多く、しかも懲戒処分は被解雇者の今後の就職に重大な支障ともなる事情を考慮し、申請人の本件所為は、就業規則三五条三号(営業上やむを得ない事由に準ずるもの)にあたるものと認定し、昭和三三年九月一日、申請人に対し予告解雇の意思表示をなしたものである。
(二) 本件解雇は、不当労働行為意思にもとずいてなされたものではない。
1、申請人の主張三の(二)1、記載の事実のうち、(1)乃至(3)記載の事実は、いずれも被申請会社の設立(昭和二九年七月二八日)以前の事実に関するもので、これを知らない。
2、申請人の主張三の(二)1、(4)記載の事実のうち、被申請会社が昭和二九年七月二八日に設立された事実、竹橋が入社した事実は認めるが、その余の事実は否認する。(5)記載の事実のうち、共済会制度が発足したことは認めるが、その余の事実は否認する。(6)記載の事実は、すべて否認する。(7)記載の事実のうち、昭和三二年に申請人主張の第二組合が結成された事実、同年一一月二六日に申請人他二名に乗車拒否の措置を行なつた事実、右問題につき第一組合側が地労委に救済の申立をなした事実は認めるが、その余の事実は否認する。(8)記載の事実のうち、昭和三三年会社が第一組合に対し組合事務所の明渡を求めた事実、同年三月申請人が第一組合書記長に選任された事実は認めるが、その余の事実は否認する。
3、申請人の主張三の(二)2、記載の事実のうち、申請人が組合執行委員であつたことはこれを認めるが、その余の事実は否認する。
4、(1) 申請人主張の共済会制度は、従業員の自主的発意により設けられたもので、組合活動封殺の意図とは全く無関係である。
(2) 第一組合から分裂によつて第二組合が結成されるに至つたのは、小湯武夫の除名決議案の否決を端緒として、組合の指導方針をめぐる組合員相互間の意見の対立がもたらした結果であつて、これにつき会社側に何ら支配介入の事実が存するものではない。
(3) 申請人外二名が、水田委員長宅における執行委員会に出席したことにつき、会社が昭和三二年一一月二六日になした出勤停止処分は、不当行為に対する当然の制裁であつて、申請人以外の被処分者は当日の行為の非を認め、会社に陳謝した事実に徴しても、その不当行為なることは明かである。第一組合が、右出勤停止処分について、地労委に救済申立をしたことはあるが、これは当時、すでに、前記の組合分裂に関する不当労働行為救済の申立がなされていて、それに附加した程度のものであり、かつ、会社側に何ら非難さるべき点が存しなかつたため、証人尋問等を行なうまでもなく、昭和三三年一月三〇日、円満解決の協定が成立して、右申立は取下げられるに至つている。
(4) 昭和三三年、会社が第一組合に対し、組合事務所の明渡を要求したのは、休養室の不足によるものであつて、常時解放するということで、すでに解決済みである。さらに、時間外手当の遡及支払いについては、会社は、第一、第二両組合との間で、それぞれ団体交渉を続けた結果、まず、第二組合との妥結を見たので、妥結金額を支払い、その後も、引続き第一組合との団交を継続していたところ、結局、第一組合も第二組合同様に妥結したので、その支払いを実行したもので、その間に、何ら差別扱いをもつて臨んだ事実はない。
(5) 申請人は、乗務車輛の配車につき、第一組合員に対し差別扱いがなされた旨主張しているが、配車問題は、車輛及び従業員の変動に伴い、営業上の都合により、年間を通じ、何回か配車替えがなされているものであり、かつ、会社所有の営業車は、いずれも十分に整備されていて、その間に優劣の大差がなく、旧型の車輛乃至ダツトサンに乗務する者でも、従業員の能力次第では、優秀な営業成績をあげている実状であつて、たとえば、水田委員長の昭和三四年六月乃至八月の三か月平均の収入が、従業員一〇一名中第二五位を示していることからいつても、申請人の主張は、筋違いというのほかない。
(6) 申請人は、昭和三三年一月一七日から同年七月八日までの間、長期欠勤をしていたものであり、したがつて、本件解雇の当時には、会社が、申請人を、特に嫌悪せねばならぬような申請人の組合活動は、全く見られなかつたのである。
以上述べたところから明かなように、本件解雇は、あくまで、前記のような申請人の不正行為並びにその調査に対する捨鉢的言動を理由としてなされたものであつて、申請人主張の如き不当労働行為意思の介在する余地は皆無といわねばならない。
(三) 本件解雇には、何ら手続違背の点は存在しない。
1、本件解雇は、普通解雇であつて、懲戒解雇ではないから、懲戒委員会の議を経由する必要はない。もつとも、会社としては、本件解雇の方針確定とともに、本件解雇理由たる事実関係が、懲戒解雇事由にも該当するところから、慎重を期し、第三者的意見を徴する意味をもつて、懲戒委員会に対し、申請人を予告解雇する旨通告したのに対し、同委員会は、同意の回答をなしたが、その後、なお委員会独自の調査を継続した結果、申請人の不正事実を確認、昭和三三年九月一三日、重ねて予告解雇に異論なき旨を通告してきたものである。
2、申請人は、本件解雇につき、第一組合との協議なきをもつて無効であると主張するが、会社と第一組合との労働協約は、昭和三三年四月一五日をもつて期間満了により失効しているのであるから、同協約所定の解雇協議約款も失効していること明かであり、かつ、かりに、更新または再締結されるまで、旧協約の余後効が認められるとしても、解雇協議約款の如き債務的条項については、余後効を認め得ないのであるから、いずれにしても、本件解雇につき、第一組合と協議の手続を経由する必要はない。さらに、申請人は、第二組合との間の労働協約に、解雇協議約款が存する以上、同様の取扱いをなすべき旨主張するが、これは、両組合の区別を否定する議論であり、また、第一組合員の解雇については、従来協議が行なわれてきたのであるから、その慣例に従うべきであるとも主張するが、従来協議がなされたのは、慣習によるものではなく、協約の効力としてであるから、この主張も失当である。
(四) 本件解雇は、解雇権の濫用ではない。
前記のような申請人の不正行為並びにその調査に際しての言動の内容、程度、情状、被申請会社の営業の性質上、本件の如き不正行為に対しては、厳正な態度をもつて臨まねばならぬ必要性、従来の同種不正行為者は自発的に退社している事例等に徴すれば、本件解雇は、正当な理由による解雇権の適正な行使というべきものである。
四 以上の次第で、本件解雇の無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は、失当として却下さるべきものである。
第三、疎明関係<省略>
理由
一、当事者間に争いのない事実
申請人が被申請会社の従業員であつて、タクシーの運転業務に従事し、会社従業員をもつて組織する申請人主張の第一組合の書記長であること、被申請会社が肩書地に本店を有し、従業員約一〇〇名をもつてタクシー営業を行なつている株式会社であること、会社が昭和三三年九月一日申請人に対し、口頭にて解雇予告の意思表示をなしたこと、就業規則三五条の内容が申請人主張の如きものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、解雇無効の主張に対するに判断
そこで、本件解雇が無効であるとの申請人の主張につき、以下順を追うて、その当否を判断する。
(一) 会社は、本件解雇は、申請人が会社主張のような定額運賃違反並びに料金横領の不正行為をなし、且つ、右不正行為の有無についての会社側の調査に際し捨鉢的な言動態度を示し、就業規則三五条三号に該当する事実があつたので、これを理由としてなされたものであると主張するのに対し、申請人は、会社主張の如き解雇理由に該当する事実は全くなく、本件解雇は、申請人が正当な組合活動をなしたことを理由とし、且つ、申請人所属の第一組合の弱体化と壊滅を意図してなされたところの不当労働行為であると主張するので、以下この点につき、双方の主張を対比しながら検討することとする。
まず、本件解雇がなされるに至つた経緯につき検討するに、成立に争いない甲第一号証、乙第二号証、同第一九号証、証人坂東貞雄の証言により成立の認められる同第一号証、同第七号証、証人出谷朝治の証言により成立の認められる同第三号証、同第一三号証の一、証人原田太洪の証言により成立の認められる同第六号証に証人出谷朝治、坂東貞雄、原田太洪、杉岡猛の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。
昭和三三年八月二七日午後、京都市在住の荒木信次郎から会社に対して「昨二六日夜、車体にヤマトのマークのある紺色、七〇円タクシーで大阪伏見間を往復した際、車中に手帳を忘れたらしいので調査して貰いたい」との電話連絡があつた。この電話を受けた会社の坂東副社長が、翌二八日営業係員山内某に該当車を調査させたところ、会社の営業車中、右二六日夜に京阪間を往復したのは、申請人の乗務する大五う〇六七四号(七〇円タクシー)のみで、且つ、申請人の営業報告書には、同日夜の乗務状況として、午後一〇時一五分大阪千日前坂町から京都伏見まで男女二名の乗客を料金一、九五〇円にて運び、大阪への帰路、枚方附近で男女二名の乗客を料金一三〇で、次いで、守口から京橋まで男一名を料金二九〇円で、それぞれ運送した旨の記載があつたので、右山内が申請人に手帳遺留の有無をたずねたが、見当らない旨の返答であつた。山内から右調査結果の報告を受けた坂東副社長は、翌二九日、荒木に対して手帳を発見できなかつた旨電話連絡するとともに、同人の乗車したのが会社の営業車に相違ないかにつきあらためて念を押したところ、同人は、二六日夜の乗車状況について「ヤマトの車にまちがいはない。当夜は、千日前から伏見の大手筋まで、集金のためヤマトタクシーに乗り、料金表示額は一、九五〇円であつたが二、〇〇〇円を支払、その車を待たせて集金先を訪ねたところ、不在のため再び同車で大阪へ引き返そうとしたが、あいにく手持の金が一、三〇〇円しかなかつたので思案していると、運転手はそれで行きますとのことであつたから、これに乗車し、帰途大阪市内の城東線京橋駅附近で下車するまでの間、途中で運転手から座席に横臥するよう求められ、しばらくの間座席に横になつたことがある。手帳は、恐らく、その際落したものと思う」旨を述べ、再度の遺留品調査を依頼した。そこで会社は、申請人が定額運賃違反及び料金横領をなしたとの疑いを抱き、翌三〇日、まず原田営業課長が、次いで坂東副社長がそれぞれ申請人を取り調べたところ、申請人は、二六日夜前記営業報告書の記載どおり大阪千日前坂町から京都伏見まで、料金一、九五〇円で乗客を運んだこと、右乗客より大阪へ戻るからそのままで待つて貰いたいと依頼を受けたことを認めたが、右乗客は男女二人連れで、帰路同乗客を大阪まで運んだ事実は全くない旨を述べ、荒木の供述との喰いちがいを追求されると、「会社の一方的な判断で人を疑うとは怪しからぬ。あやしいと思うなら勝手にしたらよい。何度いつても同じことだ」等と、はげしい口調で反撥的な発言をくりかえす状態であつた。このような申請人の言動に、いつそう不正行為の疑念を深めた会社は、申請人の申出もあつたので、申請人と荒木とを対決させ真相を明かにするほかないと考え、荒木の電話連絡をとつた結果、翌三一日午後六時半頃、京阪電鉄天満駅前で落ち合う約束が整つたので、申請人に同日午後六時までに出社するように命じて、その日の取調べを終えた。ところが、申請人は、同日午後六時一五分になつても出社しなかつたので、やむなく、坂東副社長、出谷営業部長の両名が、指定場所に赴いて、荒木に会い直接事情を聴取した。しかし、せつかくの機会でもあるので、坂東副社長が同日午後六時四〇分頃、会見場所から電話で申請人の出社の有無をたしかめたところ、出社していたので、申請人を電話口に呼び出し、荒木と対面に来るよう求めたが、申請人は「わざわざ電車賃をつかつてまで行く必要はない。会社でなら会うといつた筈だ」等と述べてこれを拒み、ついに、申請人と荒木とを対決させる試みは実現するに至らなかつた。
以上の経過から、会社は、申請人に定額運賃違反ならびに料金横領の不正事実のあることは殆ど疑う余地がないと判断するに至り、翌九月一日、坂東副社長は、出谷営業部長、原田営業課長、杉岡、小湯両従業員を集めて、懲戒委員会を開き、申請人に対する処分方針につき、従来の調査の結果に徴し申請人が不正行為をなしたことは認められるが、懲戒解雇処分に附するためにはなお同委員会において事実関係につきいつそうの調査を続ける必要があるとはいえ、申請人の示したような捨鉢的な言動態度を放置しておいては、今後の職場の規律維持にも悪影響を及ぼすから、とりあえず、就業規則三五条三号を適用して解雇予告をする方針である旨を説明したところ、出席者全員これに同意をしたので、その後申請人を呼び出し、出谷営業部長から会社側の調査結果の概要を明かにするとともに、その弁解を求めたのに対し、申請人は、依然として「すべて身に覚えのないことだ。はやく会社の態度を明かにせよ」等と答えるのみであつたため、同部長が「そのように非協力的ではいたし方ないから、定額運賃違反で、就業規則にもとずく予告解雇をする」旨を言い渡したものであつて、なお、同月一一日頃、会社から申請人に対し、会社側の前記処分方針とほぼ同旨の文言を記載した「近間辰郎運転手解雇理由」なる書面を交付したものである。そして申請人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各疎明資料と対比するとたやすく信用することができず、他に右認定を動かすに足る疎明資料はない。
しかして、申請人に会社主張のような定額運賃の違反並びに料金横領の事実があつたか否かの認定にあたつては、前記荒木の供述内容が殆んど決定的な資料といわねばならないが、会社が荒木から遺留品調査の依頼を受けその調査を開始した日時及びその経過、荒木の供述と申請人作成の営業報告書の記載との符合度、荒木が申請人との対決を応諾し指定の日時場所に出向いたこと、さらに、荒木が会社乃至申請人と何らかの関係を有し、単独または会社と共謀して、あえて架空の事実を会社に申告して申請人に不正の嫌疑を着せる可能性があると疑わせるような事実を認め得る疎明が全くないことをあわせ考えると、荒木の会社に対する申告乃至供述の内容には十分の信用性があるというべく、他方、申請人が会社側の調査に対し、確たる反証を挙げることなく、いたずらに否認をくりかえすのみで、しかも、荒木との対決をことさらに回避している事実(成立に争いのない乙第二一号証によれば、本件解雇の無効を主張して第一組合が申立てた不当労働行為救済命令申立事件の審理に際しても、申請人は、荒木尋問の当日欠席して、対面を避けたことが認められる)を綜合すると、申請人は、会社主張のごとく、右八月二六日夜、大阪千日前坂町―京都伏見大手筋―城東線京橋駅の経路で荒木を運送するに際し、帰路同人との間に定額運賃違反の契約を結び、且つメーターの不正操作によつて実際に収受した乗車料金とメーター表示額との差額九三〇円を会社に納金することなく、着服横領したものと推認せざるを得ない。
ところで、申請人は、会社が本件解雇予告の意思表示当時明かにした解雇理由は、不正事実の調査に対する言動態度が捨鉢的であるという点のみであつたから、不正事実の有無の点は解雇理由存否の判断から除外されなければならないと主張する。しかしながら、就業規則所定の解雇基準に該当することを理由とする予告解雇にあつても、解雇の際被解雇者に対し解雇理由を告知することが、解雇の要件であるとは解しがたいし、また、解雇の適否は、解雇の際明示された解雇理由のみを対象として判断しなければならないという根拠もない。したがつて、訴訟上解雇の適否が争いとなつたときには、使用者において、解雇の際生じていた解雇理由であれば、明示した以外の理由であつても、これを主張することは、何ら妨げないものというべきである。ただ、明示されない解雇理由は、通常、解雇当時使用者に認識がなく、後日の調査によつて判明したものと考えられるから、被解雇者の不当労働行為、権利濫用を理由とする解雇無効の主張に対し、十分な防禦方法としての価値をもたない場合が多いであろうと思われるだけである。しかも、本件では、前記九月一一日頃会社から申請人に交付された「近間辰郎運転手解雇理由」(甲第一号証)なる文書によれば、「不正事実は認められるが、なお乗客(荒木)の供述を裏づける証拠が完備していないから、懲戒処分は留保するが、調査の際の言動態度が捨鉢的で、今後不正のあつた場合を考慮すると、職場規律の維持に影響することでもあるので、就業規則三五条三号により予告解雇する」旨記載され、一見、不正行為の点は、直接の解雇理由とされていないような形式になつているが、前認定のとおり、会社は前記八月二七日荒木から電話照会を受けて以来、申請人に対し数回にわたり定額運賃違反並びに料金横領の疑いある点につき、取り調べを行なつて、その弁解を求めており、且つ、右九月一日の解雇予告の際にも、出谷営業部長が口頭にて定額運賃違反をも理由とする解雇である点を明かにしているのであつて、また、前認定の事実によれば、会社が右理由書において解雇理由として不正行為の点をとくに明確に前面におし出す形をとらなかつたのは、右不正行為は後記の如く就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するので、これを第一次的な理由とする場合は、むしろ、懲戒解雇処分に附するのが本来であるが、懲戒解雇は予告解雇に比較して遥かに被解雇者の将来に重大な影響を与えるところから、右九月一日当時の調査段階では、懲戒解雇をするにはなお一段の事実調査の必要があり、この点は、その後の懲戒委員会の調査に委ねることとし、予告解雇処分を選択した結果、不正行為の点を直接の解雇理由として掲げることが形式上必ずしも穏当でないと考慮したためであることを推測し得べく、従つて、右理由書記載の文言の形式的な解釈にかかわりなく、本件解雇予告の意思表示当時、申請人の定額運賃違反並びに料金横領の行為が、解雇の理由として、会社並びに申請人の双方において十分に認識されていたことは明かといわなければならないから、この点に関する申請人の主張は失当である。そこで、就業規則三五条三号(同条の内容が申請人主張のとおりであることは、冒頭認定のとおりである。)の意義について考察するに、同条は、三個の予告解雇理由を掲げ、第一号(「精神若くは身体に故障があるか、または虚弱老衰或いは疾病のため業務上の都合によるとき)」は従業員に心身的欠陥があつてその労働力に瑕疵があり、企業経営上雇傭関係を継続しがたい場合、第二号(「やむを得ない業務上の都合によるとき」)は主に会社側の経営政策上の事情(例えば人員整理の必要)によつて雇傭関係を継続しがたい場合を規定するものと解され、第三号(「その他前二号に準ずるやむを得ない事由あるとき」)は、従業員が雇傭契約上の重大な義務に違反する等、右二号のいずれにもそのまま直接には該当しないが、会社が、職場規律の維持をはかる目的から観察して、当該従業員を解雇することが、社会通念に照らし、妥当視される場合を指称することは明かである。ところで、右に認定したような申請人の行為が、右三号の規定に該当するか否かについて検討するに、成立に争いのない乙第八号証の一、二、同第九号証、証人出谷朝治の証言により成立の認められる同第一一号証に証人杉岡猛、出谷朝治、坂東貞雄、原田太洪、油上吉己の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、昭和三〇年一〇月六日大阪陸運局長から大阪旅客自動車組合理事長に対し、タクシー営業の事業者は、不当競争の防止並びに事業基礎の確立を期するため、定額運賃制度を厳格に遵守すべく、もし、その違反が確認された場合は厳重な行政処分を行う旨の通達が発せられ、また昭和三一年八月頃には、定額運賃違反料金の収受につき、従業員に対しても道路運送法上の罰則の適用があることにつき、法務省、運輸省並びに警察庁による行政解釈が確定し、同月一四日、大阪府知事からその旨の通達が同じく大阪旅客自動車組合長に発せられ、いずれもその頃、右組合長から被申請会社を含む各タクシー事業者に連絡されており、且つ、会社においては、これら行政的取締に対処し、その制定にかかる「運行安全の確保並びに乗務員服務規程」において、その二二条に「従業員は、当社が認可を受けている定額制運賃料金を固く守らねばならない。したがつて、タクシーメーター(ハイヤーを含む)は正しく操作し、その表示額どおりに運賃料金を収受しなければならない」と定め、さらに、従業員の採用にあたり、就業規則の遵守等のほか、とくに、水揚料金の不正収得をしない旨の誓約書を提出させる等、定額運賃制度の遵守と料金の不正収受防止のため万全を期することに努め、機会ある毎に、口頭または文書により従業員に対しメーターの不正操作を行なわないようしつようなまでに注意をくりかえし、昭和三三年頃には、二回にわたり街頭調査員に会社営業自動車のメーターの不正操作を発見されて、大阪陸運局より、それぞれ約三日間ナンバープレイトを引き揚げられ、営業停止処分を受けたこともあることが認められ、他に右認定を動かすに足る疎明資料はない。右認定の事実に徴しても明かな如く、被申請会社にあつては、従業員が乗客と定額運賃違反の契約を結び、メーターの不正操作により料金の横領を行なうことは、従業員としての重大な義務違反であり、しかも、かかる不正行為は比較的発覚困難で、従業員にとつて誘惑的要素の強いことを勘案すれば、職場規律の維持に重大な悪影響を及ぼすものであることは、およそ疑いを容れないところであるといわねばならない。従つてまた、或る従業員につき、右の如き不正行為の疑いを抱かせる事情があつた場合、会社側がその真相調査の活動を行うに際して、これに対しことさら、反抗的、非協力的な態度をとることもまた、会社の業務を阻害し、職場規律をみだすものといわなければならない。このような観点から、前記申請人の行為を見るに、先に認定したとおり、乗客たる荒木との間で定額運賃違反の契約を結び、九三〇円を着服横領したうえ、会社側がこれを察知して申請人の取り調べを行なつたのに対し、終始否認をくりかえし、何ら調査に協力しないばかりか、むしろ捨鉢的とさえいわれてもやむを得ないような反抗的言動をもつてのぞんだ点において、従業員として重大な義務違反であり、その結果、職場規律の維持に由々しい悪影響を与えるものであることは否むべくもなく、したがつて、これら一連の申請人の行為は、前記就業規則三五条三号の解雇理由に該当するものと断ぜをざる得ない。
しかして、申請人に就業規則所定の解雇理由に該当する事実のあつたことは右のとおりであるが、それにもかかわらず、申請人主張の如く、本件解雇を以て、不当労働行為と見るべき余地があるか否かについて以下判断することとする。
まず、従来の組合の斗争経過とこれに対する会社の態度を明かにし、会社の不当労働行為意思を推認させる事実の存否について考える。
(1) 被申請会社が昭和二九年七月二八日に設立されたことは当事者間に争いなく、且つ、証人坂東貞雄、水田宏造、杉岡猛の各証言によれば、被申請会社は、小型交通株式会社の営業所が分離独立して設立されるに至つたものであり、当時の小型交通株式会社の専務取締役が被申請会社の代表取締役となつたのをはじめ、役員、従業員、所有車輛等も、右設立に伴い、小型交通株式会社の営業所から引き継がれたものであることが窺われる。そして、右水田証人の証言によると、昭和二七年に小型交通労働組合が結成され、大旅交通労組に加入し、同組合は昭和二八年一二月二一日頃から越年資金を要求して一週間のストライキを行ない、要求額の七〇パーセントを獲得したが、右ストライキの計画を知つた会社側では、当時の岩永車輛課長が杉岡、南等数名の組合員を自宅に招き、ストライキに反対して会社に協力すれば、性能のよい車輛に乗務できるようとりはからつてやるし、杉岡には総班長、南には営業課長のポストにつけてやる旨を述べた事実が認められ、証人杉岡猛の証言中右認定に反する部分は信用できない。
(2) その後、前記昭和二九年七月二八日被申請会社が設立されてから後、昭和三三年一〇月二一日にヤマト交通株式会社従業員組合(第二組合)が結成され、上部団体として総同盟に加入したことは当事者間に争いがないが、右組合分裂の原因については、証人出谷朝治、杉岡猛の各証言によれば、当時組合の執行委員が組合積立金を不正に融資したり、私事に費消流用したことや、組合員小湯武夫の除名問題についての組合員間の意見の対立等から、当時の組合のあり方に疑問を抱いた一部従業員が第二組合を結成するに至つたものであることが認められる。もつとも、証人水田宏造の証言(一部)によつて認められる如く、右第二組合の組合長には杉岡猛が選任されたのであるが、同人は、前示のように昭和二八年末頃会社側から待遇向上を条件に反組合的行動をとるよう要請された者であることからいつても、右第二組合の結成につき、会社側の介入乃至側面的な援助のあつたことは一応推認せられるが、組合分裂の根本的な原因は、前記の如き組合内部の悶着にあつたことが窺われ、証人水田宏造、油上吉己の各証言並びに申請人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。しかして、成立に争いのない乙第一五号証に証人水田宏造(一部)、油上吉己の各証言並びに申請人本人尋問の結果(一部)を総合すると、会社は第二組合結成後次第に第一組合に対し反組合的な姿勢を示すようになり、第一組合員が乗務を終えて納金に赴いた際、水揚高が少いと、「お前らは心の赤いのを落として出直してこい。葬式は水田にして貰え」等といやがらせをいい、貼り紙の掲示についても、第二組合にはとくに文句をいわないのに、第一組合の場合は、何かと注意する等のことがあつたこと、さらに、同年一〇月一二日、当時の第一組合の大塚副委員長、花尻、申請人の両執行委員が、営業時間中に水田委員長宅で執行委員会を開いたことにつき、会社は、同年一一月二六日乗務拒否を通告(会社が右三名に対し乗務拒否を通告したことは当事者間に争いがない)、申請人は三乗務、大塚、花尻はいずれも二乗務、それぞれ乗車を拒否され、自ら陳謝の意を表明した大塚、花尻に対しては、右乗務拒否期間中の欠勤を、公休と病欠によるものと取り扱いを変更されたが、申請人は、後記の如く、会社側の措置を不当として自己の主張を曲げなかつたこともあつて、花尻の場合の如き取り扱いを受けるに至らなかつたこと、そして、その当時、第一組合は前記組合の分裂に関連し、会社が第一組合とのユニオンシヨツプ協定を無視したものとして大阪地労委に救済命令の申立をなしていたが、右乗務拒否問題についても、会社側の不当労働行為であると主張して、その取消方を申立てたところ(乗務拒否につき地労委に申立てた点は当事者間に争いがない)、昭和三三年一月三〇日、会社、第一組合双方は労働協約を誠実に履行するとともに、会社は、第一、第二両組合を差別扱いしない旨を約する趣旨の協定が成立するに至つたことを、それぞれ認めることができ、他に右認定を動かすに足る疎明資料はない。なお、申請人は、会社において右乗務拒否の非を認めてこれを取り消した旨主張するが、右認定の如き一般的な協定の成立により、乗務拒否問題もまた自然に解消するに至つたもので、前記水田証人の証言並びに申請人本人尋問の結果のうち、右申請人の主張に沿う部分は、これを信用しがたく、他に右主張事実を疎明するに足る資料はない。
(3) 次に、申請人は、配車問題について第一組合員に対し差別待遇がなされたと主張するので、この点を検討するに、証人水田宏造の証言によつて成立の認められる甲第三、第七号証、前掲乙第二一号証に証人油上吉己、水田宏造、原田太洪(一部)の各証言、申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、従来から、会社では運転手に対し一定の乗務車輛を割り当てた場合、特別の事情がない限り、それが廃車となるまで配車替えせず、また、廃車となる車輛の乗務員に対しては、原則としてその際購入した新車を割り当てる建て前であつたこと、会社営業車にはクラウン(中型八〇円タクシー)とダツトサン(小型七〇円タクシー)の二種類があるが、両者は基本料金に一〇円の開きがあるため、いずれの車輛に乗務するかにより水揚高に相当の差があり、運転による疲労度にもかなりの違いがある等の事情から、一般に従業員はクラウン乗務を希望すること、しかるに、第一組合の水田委員長と古川執行委員(相勤)は、昭和三三年四月頃クラウンからダツトサンに配車替えされ、さらに、昭和三四年二月頃の廃車に伴う配車替えに当り、会社では他の同条件の者(いずれも第一組合に所属していない)に対しては新車を配車したにもかかわらず、右両名に対してのみ新車を配車しなかつたこと、昭和三一年九月入社以来クラウンを割り当てられていた油上執行委員が、特別の事情がないのに、昭和三三年七月頃ダツトサンに配車替えされたこと、同年八月頃、それまでクラウン乗務であつた第一組合員竹内が予備車勤務(一定の乗務車輛が割り当てられないで、出勤日にたまたま空車があればこれに乗務するもの)を命ぜられたこと、その頃右竹内の配車問題につき組合が会社側に抗議を申し出た結果、同人はダツトサン乗務に変更されたことが、それぞれ認められ、証人原田太洪、杉岡猛の証言中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。右認定の一連の事実に照らすと、会社が、乗務車輛の割当につき、第一組合員に対し差別扱いをなしたことは否みがたいところである。
さらに、申請人はいわゆる時間外手当の遡及支払問題につき、会社が第一組合員を差別扱いした旨主張するが、申請人本人尋問の結果により成立の認められる甲第一四号証及び証人水田宏造の証言によれば、昭和三三年四月初め、既往の時間外勤務分に対する時間外手当の遡及支払問題に関し、第一組合と会社の間で団体交渉がもたれたが、金額につき妥結を見ないうちに、第二組合と会社間で一人当り平均二、三千円の線で話がまとまり、同年六月初め頃、第二組合員にはいつせいに右支払がなされたこと、一方、第一組合は、とりあえず第二組合員に支給されたのと同額を支払うよう要求したが、会社側は、最終的妥結を見るまで支給しないとの態度をとり、結局同年七月中頃、第一組合員についても第二組合との妥結金額と同額が支払われるに至つたことが認められるが、右経過に徴すると、申請人主張の如く、会社側がことさらに第一組合員を差別待遇したものとはいいがたく、他に、申請人主張事実を推認させるに足る資料はない。尤も、証人水田宏造の証言(一部)並びに申請人本人尋問の結果によると、同年四月末頃、第一組合員が出庫時の車輛整備を済ませ車輛課長の点検認可を受けたのに、坂東副社長が、整備のやり直しを命じたりしたことが窺われるが、これを以て、右時間外手当の問題についての第一組合の強硬な態度に対する報復的意思のあらわれとまで見ることはできず、証人水田宏造の証言中右説示と牴触する見解は採用しがたい。
一方、会社が第一組合に対し組合事務所の明渡を要求したことは当事者間に争いないが、証人水田宏造、出谷朝治の各証言によれば、それは、同年六月末頃のことで、会社が右明渡要求をなすに至つたのは、当時従業員の休養室が不足であつたところ、第一組合の事務所がいつも施錠閉鎖されていたため、その開放方を申し出たものであり、結局、常時開放するということで解決を見たことが認められ、甲第一五号証中の記載中、右認定に反する部分は信用しがたく、他に、会社側がとくに第一組合の弱体化乃至差別扱いを意図して右明渡要求がなされたことを推認し得るに足る資料はない。
以上(1)乃至(3)に認定した諸事実によれば、会社は、その前身たる小型交通株式会社の時代から組合活動を嫌悪し、とくに、第二組合結成後は、反組合的態度をいつそう明確にして、正当な理由なき差別扱いや、第一組合員に対し個別的に組合脱退を促す行動に出たものというのほかなく、証人水田宏造の証言並びに申請人本人尋問の結果によつて認められるように、第二組合が結成された昭和三二年一〇月当時、第一組合員は約八〇名を算えたが、同年年末には約四〇名に、翌三三年四月頃には約二〇名に、勢力減退の一途をたどり、現在では、水田委員長と申請人を残すのみの状態に至つているのである。
そこで、申請人の組合活動歴並びにこれに対する会社側の態度を見るに、証人水田宏造の証言により成立の認められる甲第二号証、申請人本人尋問の結果により成立の認められる同第一三号証に証人水田宏造の証言、申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、申請人は、昭和三〇年七月一日、会社に入社以来、組合員となり、昭和三二年一〇月二一日執行委員に、同年一二月初め書記長に各選任されるに至つたもので(右各選任の点は当事者間に争いない)、前記組合の各種斗争活動に際し、水田委員長をたすけて組合活動にたずさわり、昭和三二年一一月には先に認定したとおり営業時間中の執行委員会出席を理由に乗務拒否の処分を受け、また、同月二八日頃、第一組合総けつ起大会開催の際、水田委員長とともに組合事務所に泊りこむ等のことがあり、翌三三年一月一〇日頃から同年七月頃までは、肺結核療養のため長期欠勤したが、その間においても、同年四月頃、当時いわゆる神風タクシー問題が社会的関心を集めていた際、自ら、大阪陸運局に赴き、会社側の強硬な水揚向上策につき、その不当を訴え、行政指導を求める旨の陳情書を提出し、同月末頃の団体交渉の席上、会社の出谷営業部長から申請人に対し「陸運局にだけは行つてくれるな」との発言があつたほか、その頃開かれた第一組合と会社との団体交渉には、書記長として第一組合のためかなり積極的な役割を演じたもので、会社が、組合活動家としてのこれらの一連の申請人の行動を知悉し、これを嫌悪注目していたものであることが認められる。尤も、証人油上吉己、水田宏造の各証言並びに申請人本人尋問の結果によれば、右長期欠勤にはいる以前、申請人はクラウンに乗務していたのに、病後出社の際にはダツトサン乗務を命ぜられたことを認め得るが、この点は、前掲乙第二一号証、証人原田太洪の証言によつて窺われる如く、会社では従来から、長期欠勤後出社した従業員に対しては、一応暫定的に予備車勤務につける配車方針をとつていたことから見て、とくに、申請人を差別待遇したものとは認めがたい。
先に認定したような会社の反組合的態度と右申請人の組合活動歴をあわせ考えると、会社が、水田委員長と並んで第一組合の中軸的な立場にあり積極的な組合活動家である申請人の存在を、こころよく思つていなかつたことは推測するにかたくないところであるが、申請人が就業規則所定の解雇理由に該当する非行をなしたことは前認定のとおりであり、且つ、本件不正行為が発覚し、会社がその調査を開始した経過に照らすと、会社がことさらに申請人の企業外排除の名目を求める等の不当な意図を以て、右調査活動を始めたことを窺わせる事跡は全くなく、更に、申請人の不正行為並びにその調査に対して示した言動態度は、およそ組合活動とは無縁であるばかりか、不法な利益の取得を求め、他方、自己の非行の発覚を恐れ、その隠ぺいをはかるために出たとしか解する余地のないものであつて、しかも、解雇権濫用の主張に対する判断として後に説示する如く、会社の本件解雇権の行使は、社会通念上これを苛酷に過ぐるものとは認めがたく、寧ろ適正妥当なものといい得るのであるから、本件解雇の決定的な理由が申請人の正当な組合活動乃至第一組合の弱体化にあつたものとは到底考えられず、会社主張の如く、前記不正行為並びにその調査に対する申請人の不当な言動態度を重視し、これを決定的な理由として、本件解雇が行なわれるに至つたものと断ぜざるを得ない。
(二) 次に、申請人は、本件解雇は適法に構成された懲戒委員会の議を経由していない違法がある旨主張する。しかして、会社制定の就業規則六三条が「業務に関し、料金その他不当の金品を受け取り、または与えたるとき」を懲戒解雇事由に掲げていることは当事者間に争いなく、且つ、成立に争いのない乙第一〇号証によれば、同規則六四条は「懲戒は懲戒委員会の議を経てこれを行なう」旨規定していることが認められ、他方、先に認定したような申請人の本件不正行為が右懲戒解雇事由に該当することは明かであるが、右六四条は、懲戒解雇に関する規定であつて、予告解雇の場合に懲戒委員会の議を経ることを要求するものでないことは、同規定の文言に徴し明かであり、また、本件解雇が予告解雇としてなされたものであることは、当事者間に争いなく、本件の如く懲戒解雇事由に該当する事実がある場合であつても、それが同時に就業規則所定の予告解雇事由に該当する場合には、懲戒解雇に比し有利な処分である予告解雇に附することは、もとより許されるところであるから、この点に関する申請人の主張は、懲戒委員会の構成の適否を論ずるまでもなく失当といわねばならない。
そこで、進んで、本件解雇は組合との協議なくして一方的に行なわれたもので、その故に無効である旨の申請人の主張について検討する。成立に争いのない乙第二〇号証の一、弁論の全趣旨により成立の認められる同号証の三並びに証人出谷朝治、杉岡猛の各証言によれば、会社と第一組合との間で昭和三一年一月一六日に締結された労働協約は、昭和三三年四月一五日の経過により、その有効期間並びに自働延長期間が満了するに至つたこと、その頃、会社と第一組合との間で新協約の締結をめぐつて交渉が行なわれたがその実現を見ぬまま今日に及んでいること、同年四月頃、第二組合と会社との間で労働協約が締結されたこと、就業規則三五条三号による予告解雇につき、右第一組合との労働協約では「組合員を解雇する場合は組合と協議成立後にこれを行なう」と定められ、(同協約二九条二項)、第二組合との労働協約では「組合員を解雇する場合には会社は協議会(労使協議会)に協議して決定する」旨定められている(同協約二九条二項)ことがそれぞれ認められる。したがつて、本件解雇当時、会社と第一組合との間の労働協約は、期間満了により失効し、いわゆる無協約状態にあつたのであるが、前記第一組合との解雇協議条項が、右失効にもかかわらず、新協約の締結に至るまでの間、なお余後効を有するか否かについて検討するに、解雇協議条項は、労働者にとつて解雇が最大の待遇の変更であることにかんがみ、労働組合が使用者の意思決定に参与することにより、労働者の地位を、使用者の専断な人事権の行使から保護する点に存在理由をもち、いいかえれば、本来使用者の経営権の範囲に属する事項についての組合の経営参加条項たる性質を有するものと解すべきものであるから、労働協約中、個々の労働契約の内容たり得べき労働条件の基準を定めた部分(いわゆる規範的部分)とは異なり、労働協約の失効後はその効力を認めるに由がない。もつとも、解雇協議条項は、その設けられた目的からすれば、労働者の待遇に関する基準とかかわりをもつ側面を有することは否みがたいが、右は経営参加条項としての効力が存続し、その機能をいとなむ場合を前提とするのであるから、この効力が消滅に帰した以上、前者の労働者の待遇に関する基準たる側面もその意味をうしなうのは当然であつて、いわゆる余後効を認める余地はないものと解せざるを得ない。
さらに、本件解雇予告のなされた昭和三三年九月頃、第二組合所属の従業員の数が被申請会社全従業員の四分の三を上まわるものであつたことは先に認定したところから推認されるところであるので、労働組合法一七条により、会社と第二組合との間の労働協約が申請人に拡張適用され、同協約所定の解雇協議条項の適用があるのではないかとの問題も考えられるが、右拡張適用の対象となるのは労働協約中いわゆる規範的部分に限られると解すべきことは、一般拘束力の制度の立法趣旨に照らして明かであり、解雇協議条項の性質を前記の如く解する以上、右拡張適用の問題を生ずる余地もないものといわねばならない。
もつとも、会社が本件解雇の決定に当り、第一組合がこれに参与する機会を意識的、積極的に全く排除して解雇を断行した等の事情が認められる場合には、不当労働行為の成立或いは解雇権の濫用を推認させる事実として斟酌さるべく、ひいては、解雇の効力に影響を及ぼすこともあり得るであろうが、成立に争いのない甲第五証、証人出谷朝治の証言によつて成立の認められる乙第一三号証の二、弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第一四号証に証人水田宏造の証言並びに申請人本人尋問の結果によれば、本件解雇予告の意思表示のなされたあと、昭和三三年九月四日、七日、九日の三回にわたり、会社と第一組合との間で本件解雇問題についての団体交渉が行なわれたこと、会社は、水田委員長に対し懲戒委員会に出席するよう求めたが、同委員長は組合としては申請人は絶対に白であるにちがいないとの前提に立つて交渉を進めており、会社側のいう懲戒委員会はその構成が従来の慣行に反するから出席できない旨を述べたこと、会社では同月一三日に開かれた最終的な懲戒委員会に水田委員長の出席を強く要請したが、ついに同委員長は出席するに至らなかつたこと、会社は、本件解雇問題に関する団体交渉の申入れを拒否したことのないことが認められるのであつて、これら一連の事実に照らすと、会社がとくに第一組合の意向を全く無視して一方的に本件解雇を断行したものとは到底認めがたく、いずれにしても、この点に関する申請人の主張は失当である。
(三) 最後に、本件解雇は解雇権を濫用したものであるという申請人の主張について判断するに、証人杉岡猛の証言によつて成立の認められる乙第一二号証の一乃至六に、右杉岡証言、証人坂東貞雄、原田太洪の各証言によつて窺われる如く、会社では、従来従業員が定額運賃の違反乃至は料金横領等本件と同種の不正行為をなした場合、会社側が調査を開始すると、とくに解雇等の処分をまつまでもなく、当該不正行為者の方から自発的に退社方を申し出で、任意退職しており(ただ、昭和三三年末頃、第一組合員の竹内英夫が乗客から預つた料金を持ち逃げした事案については、予告解雇の処分がとられている)、しかも、すでに明かにしたように、申請人の不正行為は、これを放置すると、会社の職場規律にかなりの悪影響を及ぼす性質のものであるうえ、会社側の調査に対して示した言動態度によつて明かな如く、申請人には全く反省の色なく、また前認定の本件解雇に至る経過に照らすと、会社側は不正事実の存否につきかなり慎重に調査を進め、申請人に対しても十分弁明の機会を与えたものというべきであるから、会社が過去において第一組合を嫌悪し、その弱体化をはかるためいく度か不当労働行為に出たこと、証人原田太洪、油上吉己、坂東貞雄の各証言によつて認められるように申請人の従来の平常の勤務状態は普通であつたこと等を考慮にいれても、申請人には情状軽減の余地を認めがたく、会社が本件解雇の処置に出たのはまことにやむを得ないものがあつたといわざるを得ず、これを以て、解雇権の濫用であるとは到底考えがたい。
三 以上の次第で、本件解雇の無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は、すでにその前提において失当であり、したがつて、保全の必要性について判断するまでもなく、これを却下すべきものであるから、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 金田宇佐夫 鍬守正一 角谷三千夫)